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喪服の時代変化

当ブログへ足を運んでいただき、誠にありがとうございます。

本日は喪服の時代変化についてお話いたします。

 

現在、葬儀の場で目にする喪服は黒い洋服が主流ですが、

そこに至るまでには、長い時代の流れと価値観の変化がありました。

喪服の変遷をたどることは、

日本人の死生観の変化を知ることでもあります。

 

【古代~中世】喪服は「白」が基本

古くは、喪に服す際の装いとして

白い衣服が用いられていました。

白は、

・清らかさ

・無垢

・この世を離れる象徴

とされ、

死は穢れではなく、

次の世界への移行と捉えられていました。

この考え方は、現在も亡くなった方が身にまとう

白装束に受け継がれています。

 

【江戸時代】黒が喪の色として定着

江戸時代に入ると、武家社会を中心に、

黒い着物が正式な喪服として広まっていきました。

黒は、

・礼を尽くす色

・感情を表に出さない色

とされ、

悲しみを内に秘める姿勢が重んじられました。

この頃から、

黒紋付が喪服として定着していきます。

 

【明治~大正】西洋文化とともに変化

明治時代以降、日本には西洋文化が取り入れられ、

服装の価値観にも変化が起こります。

この時代、和装の喪服に加えて

洋装の黒服が登場し、少しずつ浸透していきました。

 

【昭和~現代】洋装喪服が一般的に

戦後になると、生活様式の変化や合理性の重視により、

黒い洋装の喪服が主流となります。

・男性:黒のスーツ

・女性:黒のワンピースやアンサンブル

現在では、

和装・洋装のどちらを選んでも問題はなく、

場や立場に応じた装いが尊重されています。

 

喪服が黒である理由とは・・・

黒は、

・目立たない

・厳粛さを表す

・感情を抑える色

とされ、

葬儀の場にふさわしい色として定着しました。

また、西洋の喪服文化の影響もあり、

国際的にも受け入れられやすい色となっています。

 

最後に。

喪服は、

白から黒へ、和装から洋装へと、

時代とともに姿を変えてきました。

形は変わっても、

故人を敬い、慎みをもって見送るという喪服の本質は、

今も変わらず受け継がれています。

 

平安会館 文十鳳凰殿

担当 平出育美

 


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